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鳳来寺山 仁王門 「浄瑠璃姫伝説」篠笛コンサート無事終了

 9月22日、無事に鳳来寺山 仁王門での「語りと篠笛コンサート」が開催されました。

 石段200段先の仁王門のでのコンサートでしたが、多くのお客様が、静寂の中での篠笛の音色を楽しみました。虫の声、川のせせらぎなどの自然の音色もコンサートを盛り上げました。

 「開山1300年の鳳来寺山の歴史」と「浄瑠璃姫と義経の恋物語」の2話が、篠笛演奏とともに語られました。改めて鳳来寺山の歴史を感じた一時となりました。鳳来寺山が1300年前に利修仙人により開かれた歴史は、興味深いものでした。「鳳凰に乗った利修仙人」、この物語は、鳳来寺山がパワースポットと言われる由縁を示すものです。

 来年も、鳳来寺山を活かして続けます。新城市の歴史スポットとして、市内外の人たちに癒しを提供できる企画にしていきたいと思います。


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9月22日鳳来寺山仁王門「恋峠 千寿ヶ峯」篠笛コンサート

 9月22日(火)、開山1300年余の鳳来寺山で、語りと篠笛コンサートを開催します。

 シルバーウィークは雨の心配ありません。開催場所は、鳳来寺山の表参道を歩き、石段200段の先にある、仁王門前です。石段の入口には、写真の様に入場門を設置しました。

 鳳来寺山には、義経と浄瑠璃姫の恋物語があります。鳳来寺山案内を抜粋します。午後6時半、静寂な暗闇の中での篠笛の音色が響きます。是非、お越しください。午後4時からは、食堂「かさすぎ」周辺の駐車場が開放されます。


 浄瑠璃姫は矢作〔岡崎市〕 の兼高長者の娘です。鳳来寺峰の薬師に願をかけて生まれた娘です。
 源平の戦いの後、追われる身になった義経が奥州を目指して三河を通ったとき、源氏にゆかりのある兼高長者の家に泊りました。その夜、義経は姫の弾く琴に合わせて笛を吹き、一夜を過ごしました。義経は、鳳来寺の千寿が峰で待っていて下さい、と言って去りました。姫は千寿が峰の麓に庵を作って乳母とともに待ちましたが、義経は現れません。待ち焦がれていたある日のこと、義経は三日前に通って行ってしまったという噂を聞きました。
 姫ははかない恋を悲しんで自害してしまいました。村人は姫を哀れんで墓を立てて供養しました。
 この墓は厄病を防いでくれるという信仰が広まって、お参りの人々で賑わった時代もありました。今も千寿が峰には浄瑠璃姫の祠が祀られています。       



         
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語りと篠笛コンサート  in鳳来寺山 仁王門

 野田城伝が終り、9月22日(火)開催の鳳来寺山でのコンサートの準備をしています。会場の仁王門までは、200段あります。写真の様に、階段を照らします。

 暗闇の中、雑音は聞こえません。篠笛の音色が、鳳来寺山に響きます。鳳来寺に伝わる物語を、篠笛をバックに語ります。世間の雑踏を忘れて、初秋の一時を過ごしてみませんか?

 駐車場は、レストラン「かさすぎ」周辺の駐車場をご利用ください。駐車場から、石段まで約500mです。 


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150922鳳来寺_チラシ表

150922鳳来寺_チラシ裏_ol


第四回野田城伝、今年は大雨

 9/6、第四回野田城伝を開催しました。早朝には、太陽が顔を見せていましたが、午後2時過ぎには大雨で、やむなく中止。

 午前11時開始の頃には、雨が時々降る程度でした。写真の様に、太鼓演奏から始まりましたが、琴演奏は、テントの中、音だけが会場に響きました。臨時の屋根を舞台上に作り、三味線、尺八は、その下での演奏。会場のお客さんには、しばしの心地よい空間を楽しんでもらえました。

 各種出店もありましたが、雨には勝てませんでした。野外での企画ですので、こういうことも仕方がないですが、残念でした。4回目にして、「語りと篠笛コンサート」が出来ませんでした。途中、何人かから問い合わせがありました。期待してくれていた人の存在が、次も頑張ろうという気持ちになります。

 4年前には、木が林立した山になっていた場所に人が集まるようになったことがまず一歩です。「武田信玄、撃たれる」場所の言い伝えを、次世代に伝えて行きたいと思います。

 来年も続けます。


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信玄撃たれる

 今日(9/3)、「片岡愛之助の解明!歴史捜査」(放送局 BS日テレ)の取材が新城市に入りました。
9/17放送(21時~22時)「武田信玄 死のミステリー(仮題)」の取材のためです。午前中に設楽原歴史資料館で、「信玄砲」「菅沼家家譜」などをもとに、資料館の湯浅さんからの説明を受け、その後信玄が撃たれたという言い伝えが残る野田城址で撮影を行いました。

 今回の放送目的は「織田信長、徳川家康が最も恐れた男、『甲斐の虎』武田信玄。戦国最強を誇った武田騎馬軍団の戦績は49勝3敗20分。他の武将と比べ圧倒的な勝率の高さだった。
 もし、信玄にあと少しの余命があれば、信長、家康を打ち滅ぼし、その後の日本史をすべて塗り替えたであろうとも言われる。
 その武田信玄の 死 については、戦国の世を揺るがす大事件でありながらもその死は謎のベールに包まれていた!今回は、未だ特定されていない信玄の『死因』、そしていくつもある『終焉の地』を歴史捜査し、真実に迫ります」です。

 毎回、刑事が様々な証拠を結び付け、合理的に推理し、明らかな歴史の事実をもとに、歴史捜査という新たなアプローチで歴史の真実を解明していくという番組が、上記の番組です。

 僕たちは「もし、信玄が野田城の戦いで撃たれなければ、歴史は大きく変わった。信玄の死で、信長の天下統一に大きく動き、戦国時代の終わりを速めた。新城市が歴史転換の真っただ中にいた」と発信しています。
何百年も歴史資源としての管理を放置してきた野田城址が、取り上げられたことを活かしたいと思います。

 新城市には歴史も自然も一杯あると多くの市民は言いますが、現実には多くの観光客を迎えられる状況にはなっていません。市外の人たちに新城市を知ってもらうこと、新城市で楽しんでもらうことで、新城市のまちづくりを進めたいと考えています。あれもこれもはできません。まず、全国でも名高い長篠・設楽原の戦いをベースに、それに関する資源を結び付けて行きたいと考え、野田城址、長篠城址、鳳来寺山 仁王門での篠笛コンサートを計画しています。

 新城市民自身が自慢できるものにしていくことが目的です。自己満足ではなく、多くの人が新城市を目指したいと思えるものにしていきたいと思います。「新城市ってどこにあるの?」という現状が、「あの新城市ね」と言える状況になれば、外に出て行った若者だって新城市を自慢できるようになるでしょう。

 自分のまちを自慢できない市民ばかりのまちは、当然魅力を失います。魅力の無いまちには若者は残りません。魅力の無いまちには、移住者も出てきません。頑張っている大人がいるまちには、頑張る若者が育つでしょう。「消滅可能性都市」にならない一番の取組は、住んでみたいまちを自分たちで創造し、自分たちで創ることです。

 何もないまちが頑張っています。新城市には歴史も自然も一杯あることは、自他ともに認めています。必要な事は、その資源を活かすことです。それが、市内外の交流を広げ、大きな観光産業に結び付いていくことにもなります。結果、市内の経済循環も大きくなるでしょう。「消滅可能性都市」とあきらめるのはまだ早い。できることは山ほどあります。多くの市民のやる気に火を付けたいと思っています。

 以下に、今回の撮影風景を載せます。9/17の放映を楽しみにしています。

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Author:新城笛の盆実行委員会
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2012野田城伝
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